川越画廊 ブログ

2009年8月19日






お盆を過ぎると急に朝夕秋めいてきました。
夏休みも終わって、今日からオープンしました。

埼玉県立近代美術館の長沢英俊展
ようやく見てきました。
一階の常設展会場に「もの派」の作家の作品も展示されていて、
対比してみることができます。

毎度のことですが、「画商が(評論家でもないのに)作品について論じるのはけしからん」
と思われる方もあるかもしれませんが、
あくまで、見た目の感想ですので・・・

川越、川島とほかの会場の作品もそうですが、長沢氏の作品は
バランスの作品が多くあります。
重い台座に固定されているのではなくて、ヤジロベイのように
うまくバランスをとって安定しているのです。

以前に世田谷美術館で「ファッツィーニ展」を見たとき、
木端を貼り合わせた動きのある裸婦像に感動した記憶があります。
無理なポーズをとっているのに安定感があるのです。

生身のモデルはどんなポーズをとっていようが、
バランスをとって立っているわけです。
ということは、彫刻にしてもバランスをとっていなければならないはずです。

一般的に(人形・フィギュアは別として)日本の彫刻は直立不動です。
あまり動きのある作品は少ないように思います。
西洋の彫刻は、体に顔が付いているのに、
日本の彫刻は、顔に体が付いているようです。
バランスというか、安定感がとれないのです。
(鎌倉時代の彫刻は別かもしれませんが)

テレビのサスペンス劇場などの最後はたいてい
回想と告白の場面です。
砂浜などで、何人かが立って会話をするわけですが、
せっかくロケしているのに、体に存在感がなく
みな 顔で演技しているように見えます。

ところが西洋の映画など見ると
会話の場面で顔がアップになっていても
下に体が付いている感じの存在感があるように思えます。

私個人の偏見ということもありましょうが、

長沢氏が 、「存在とはバランスである」 というような
一点集中でこれらの作品を制作している
という風にも見ることができるように思えるのです。


もいひとつ


一階の「もの派」の展示をみてから
長沢作品を思い起こしてみると
「もの派」の作品が、説明的に共感を求めてくるのに対して、
長沢作品は、しいてわかってもらわなくても良い
というようにあっけらかんとしているようにも見えます。

「もの派」が庶民的で長沢氏が貴族的
というふうにも言えるかもしれません。

どちらが良し悪しとは言えませんが。


また ながながと失礼しました。
















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by kg142 | 2009-08-19 20:23 | アート