川越画廊 ブログ

2009年9月15日



瑛九は1911年宮崎県生まれ、1960年に48歳で没しています。
50年近く前に亡くなっている画家なわけです。

ずいぶん昔の作家のようですが、
岡本太郎(1911-1996)と同年の生まれですので、そうでもないのです。

2011年には、生誕100年展が、二人同時に開かれることになるでしょうから、
とかく論じずらい瑛九の位置づけが、一歩進むかもしれません。

リトグラフは1956年、57年の2年間に集中して制作しています。

1954年に岡本太郎の「今日の芸術」が発表され、美術会で
話題となっていたと思われます。
当然、瑛九も読んでいたことでしょう。

日向あきこ氏の岡本太郎論によれば、
太郎はある時期、ブルドンの進歩主義から離れて、バタイユの神秘主義に傾倒した、
とあります。

芸術も科学技術のように、時間とともに進歩してゆくという考えから、
離れていったということのようです。

瑛九のリトグラフは、多くのバリエーションがありますが、
「ともしび」(前日のブログの最初の作品)に関しては、岡本太郎との類似性が感じられます。

(なんだ太郎に影響されたのか、と思われた方、ちょっと待って下さい)

確かに瑛九のリトグラフは、シュールリアリズムというよりは、
神秘主義に近いものかと思われます。(あと、ヒューマニズム)

二人はよく似たところがあります。
評論家、オーガナイザー、アジテーター・・
そして何より、二人とも大きな知性を有していたということです。

瑛九の言葉に
戦前のある時期画家になるチャンスがあったが、果たせなかった、
というのがあります。

はたして何年になって
新たに画家になることを決意したかはわかりませんが、
太郎の存在が、決意を強くさせたことは考えられます。

太郎は、偉大なアジテーターであっても
作品において成功しているようには見えないからです。

瑛九はリトグラフにおいてデッサン力、手わざを獲得しようとしているように見えます。
次に進むステップとしての修練だったのです。

そして58年、59年に画家として完結するわけです。


ずっと その後太郎の方は
世の中の進歩主義の生きずまりから、
その言葉(作品でなく)が生き返って、  (芸術は爆発だ)
若い作家に大きな影響を与えているわけです。
by kg142 | 2009-09-16 14:16 | アート