川越画廊 ブログ

2010年10月13日







c0122967_19405261.jpg

北川民次 姉と妹 1950年 油彩 30号 二科展


この絵は古い芸新(確か?)に出ていて、ずっと記憶にあった作品だ。
久保貞次郎が「民次の芸者の絵」をたとえて、最初見たときにはなんで醜く、きれいに描かないんだと思うが、時間がたつほどに味わいが増してくる。
というようなことを言っている。
この「姉と妹」もけしてきれいに美人に描こうとしていないが、実に味わい深い作品である。

洲之内徹が、中国戦線の塹壕の中でポアソニエールの絵ハガキを見て気を晴らしていたら、ずっと後になってその絵(海老原喜之助のポアソニエール)が自分の手元に来たと何かに書いている。
ある絵を思い続けていると、いつか自分の手元にやってくると言っている。

肝心の芸新が見つからないが、それに近いようなことかもしれない。


地球博の後も瀬戸の陶器業界は、あまり景気が良くないらしい。

先日テレビで沖縄の金城哲夫のことを紹介していた。
金城は、ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブンと立て続けにヒットさせたが、徐々に内省的になりその後ヒットが続かなかった。沖縄に帰り、沖縄海洋博にかかわった。
ところが、自分のかかわった海洋博が沖縄を疲弊させたことで批判を受け、酒浸りになって事故で死んだ(37才)。

地球博も海洋博と同じような結果を生んだのだろうか。

金城の義理の弟に当たる画廊沖縄の上原さんは、先般テレビでも紹介された森口豁展を開催している。
森口豁は金城の影響で沖縄に渡った人だ。はっきりとしたテーマ、問題意識を持って企画展を開催されていることは、尊敬に値すると思う。



ところでずいぶん前の話、(そのころも景気は良くなかったと思うが)そこが「赤津陶工の家」とも知らずに、民次の油彩を持って行商の折、瀬戸の◎◎陶苑に立ち寄ったことがあった。
すると、自分は買えないからといろいろな所へ電話してくださった。結局当時の市長さんに紹介しようと、一緒に市役所まで同行してくださった。
(北川民次の顕彰のためと言って、何の見返りも求めずに・・それも初対面の画商に対して・・逆の立場だったら自分にそんなことができるだろうか)
もちろん市長さんは、購入してくださった(プライベートで)。

北川民次は、周囲の人に愛された画家だったのだ。
by kg142 | 2010-10-13 20:46 | アート