川越画廊 ブログ

2011年9月16日




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瑛九 小さな我家 油彩 1944 72×91cm(F30号)

今回若干の修復を施し、「小さな我家」は別の作品を塗りつぶして描かれた作品であることが分かった。
晩年の点描を除けば、30号は比較的大きな作品である。

今回の生誕100年瑛九展には、瑛九が影響を受けた画家として オノサトトシノブ、長谷川三郎、三岸好太郎、パウル・クレー、古賀春江 の作品が展示されている。

「小さな我家」は、古賀春江を感じさせる色調である。

オノサトの作品は「朱と黄の丸」 1939-40 31.8×41cm  が出品されている。
「朱と黄の丸」は 1940年の第4回自由美術展に出品された作品で、瑛九はこの第4回展を見たと記録にある。

画像がないので比較できないが、長方形のドアのような形態、大小の球が浮遊しているイメージが、「朱と黄の丸」「小さな我家」の二点に共通しているようにも見える。

オノサトトシノブ「朱と黄の丸」が、瑛九生誕100年展に出品されている偶然を どう解釈すればよいのだろうか。

瑛九とオノサトは、1936(昭和11)に長谷川三郎を介して知り合う。(瑛九25才、オノサト24才)
1938年8月に瑛九が桐生を訪ね、ひと月滞在。 同12月には真岡の児童画審査会に共に参加している。
翌1939年にはオノサトが宮崎を訪問している。

当方所蔵の色紙に
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徳利の図  水彩 1938年 27×24cm サイン
「小野里利信ノ為ニ徳利ノ図ヲ描キ彼ニ酒ヲススム」昭和十三年六月於北沢 瑛九
と書かれている。左上には明治神宮参拝記念13.6.23の印あり。
昭和13年の6月にオノサトと瑛九は明治神宮を参拝して、北沢の宿で酒を飲んだ。ということのようだ。

つまりこのころ二人は頻繁に交流していたことが分かる。

そして1940年に第4回自由美術展を見るわけだが、アトリエを訪ねたときにその制作の様子も目ているかもしれない。

「小さな我家」は、瑛九が本格的にアブストラクトへ移行する記念碑的な作品と言えるかもしれない。












 



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by kg142 | 2011-09-16 19:44 | アート