川越画廊 ブログ

2012年7月7日

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大沢昌助 書き物する人 1936年 油彩 P20号  
昌助夫人 季美子を描いた作品


季美子夫人は旧姓北村季美子といい、江戸時代の和学者北村季吟の子孫で、ピアニストだった。季美子の父北村季晴は、長野県歌「信濃の国」の作曲者として有名な人。

昌助先生は映画、音楽、カメラと多趣味な人だった。中でも音楽は、クラッシックを聞きながら制作することも多かったようだ。
当画廊で昨年展示した20点のシリーズ「逸楽と秩序」は、デュバルクの歌曲「旅へのいざない」の中で繰り返し歌われるボードレールによる歌詞で、最晩年の連作「12のエチュード」は、はドビュッシーの同名のピアノ曲集に拠っているとのことである。

アトリエには立派なオーディオセットが残されていて、以前から画家や画商のだれだれが聞きに来たと聞いていたので、先日お訪ねしたときにぜひにとお願いして一曲聞かせていただいた。
ワルツであることは分かったが、ジャケットを見ていたらヨハン・シュトラウスという文字だけ読めたので、そんなことをしゃべったら、泰夫さんから特に何の返答もなかった。

2010年練馬区立美術館で開催された「大沢昌助と父三之助展」のカタログ冒頭に、大沢泰夫氏による「受けつがれた芸術家気質-祖父・三之助から父・昌助へ」という名文があります。その一部を抜粋します。

・・・フィリップ・ライナー指揮シカゴ響が1960年頃にRCAに入れたウインナーワルツのレコードの中のユーゼフ・シュトラウス作曲「わが人生は愛とほほえみ」を父は「曲も演奏も最高だが、特に題名が気に入った。オレの人生のモットーとピッタリ同じだ!」とよろこんで度々聞いていたのを思い出す。


アトリエで聞いたワルツは「我が人生は愛とほほえみ」だったのだ。
泰夫さんは当然私がこの文章を読んでいるものとして、選曲していたのだ。
確かに私はこの文章を読んで、先生のモットーとしてこのブログにも書いたことがあります。
しかしとっさに思い出すこともなく忘れていたのでした。

http://youtu.be/BhmAh3uLhzI
正確には 「我が人生は愛と歓び」 のようです
by kg142 | 2012-07-07 20:11 | アート