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博物誌

今日8月10日(1925年)は、マックス・エルンストが床の木目を見てフロッタージュ技法を発見した日です。

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マックス・エルンスト(Max Ernst (1891–1976) 博物誌(Histoire Naturelle) 29 光の輪 コロタイプ 1972(再版) 44×26.5cm ed.400





瑛九が目のイメージを度々描いているのは、実家が眼科医院であったからではないかという文章を読んだことがありますが、エルンストの影響も大きかったのではないでしょうか。


現在所蔵のリトグラフから目が描かれた作品です。
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瑛九 シグナル リトグラフ 1957  41×27cm 


鳥のイメージも多く描いていますが、
さらに下の作品では、マックス・エルンストが描く森の中に現れる鳥のフィギュアと共通するものを感じます。
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瑛九 森の入り口 リトグラフ 1956年 38×25cm ed.5







■博物誌 フロッタージュをコロタイプで再現した34点入りの作品集 1926年 300部 パリで刊行された
■再版=1972年 合計1200部摺られ、その内400部を英語版としてNYで出版した。1~400の番号が入れられ、本作はNo,334である。 コロタイプ。初版よりも各辺1cm大きく刷られた。




マックスエルンスト
略年譜
1891年 4月2日、ドイツ・ケルン近郊のブリュールに生まれる。
1914年 ハンス・アルプと知り合う。第一次世界大戦勃発により出征。
1918年 休戦により復員。ケルンに戻り、前衛芸術グループ創設に参加。
1919年 ミュンヘンにパウル・クレーを訪問。アルプ、バーゲルトとともにケルンでダダ・グループを結成。
1921年 パリのオ・サン・バレイユ画廊でコラージュ56点による個展が開催されるが、エルンストは査証が得られず立ち会えない。
1922年 ドイツを出て、パリのエリュアール宅に転居。
1925年 フロッタージュ技法を発見する。
1930年 コラージュ小説『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』刊行。
1934年 コラージュ小説『慈善週間』刊行。
1937年 ドイツにあった作品がナチに押収され、その一部が「退廃芸術展」に出品される。
1941年 ペギー・グッゲンハイムとニューヨークへ渡る。
1948年 アメリカ合衆国の市民権を得る。
1951年 故郷のブリュールで回顧展。
1953年 パリに戻る。
1954年 ヴェネツィア・ビエンナーレ絵画部門の大賞に選ばれる。
1958年 フランス国籍を得る。
1959年 パリの国立近代美術館で回顧展。
1961年 パリのル・ポワン・カルディナル画廊で立体作品の個展を開催。
1975年 ニューヨークのグッゲンハイム美術館とパリのグラン・パレで回顧展。
1976年 4月1日、満85歳の誕生日の前夜にパリで逝去。

マックスエルンスト展
by kg142 | 2013-08-10 17:37 | アート