川越画廊 ブログ

5月1日





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パンジーあるいはお猿の顔 (実野理ガーデンの入り口にありました)







今日の逸品
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小熊秀雄  小さなジャイアント 水彩 1938年  23×13cm



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左:寺田政明 左から二人目:小熊秀雄 1935年頃
池袋モンパルナスの名付け親:小熊秀雄
1901年(明治34年)9月9日、北海道小樽市稲穂町に生まれる。幼少期を稚内市・秋田・樺太で過ごし、泊居高等小学校を卒業。養鶏場の番人など様々な雑務作業に従事した後、1922年より旭川新聞社で新聞記者となる。この頃から詩作を始め、1928年、27歳で上京後は雑誌社や業界新聞で働きながら、雑誌『民謡詩人』などに作品を発表。1935年に「小熊秀雄詩集」長編叙事詩集『飛ぶ橇』で詩人としての地位を確立、自由や理想を奔放に歌い上げる作風で、詩壇に新風を吹き込んだ。詩作にとどまらず、童話・評論・絵画など幅広い分野で活躍した。
小熊の最初の詩集「小熊秀雄詩集」の装幀をおこなった寺田政明ら池袋モンパルナスの画家たちと交流し、みずからも絵筆を執った。なお「池袋モンパルナスに夜が来た」という文で始まる詩を発表。「池袋モンパルナス」の名づけ親も小熊といわれている。
また晩年は、漫画出版社・中村書店の編集顧問となる。旭太郎名義で原作を担当した漫画『火星探検』(1940年)はSF漫画の先駆的傑作とされ[1][2]、手塚治虫、小松左京、筒井康隆、松本零士らに大きな影響を与えた[1][2]。
1940年(昭和15年)11月20日、東京市豊島区千早町30番地(現在の東京都豊島区千早)東荘で、肺結核により死去した。満39歳没。(ウィキペデイアより)

前回は中途半端に終わったので、再び「小熊秀雄と池袋モンパルナス展」を開催すべく準備中。










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by kg142 | 2014-05-01 15:13 | アート