川越画廊 ブログ

イベント

月曜日、作品の展示作業に個人宅へ伺い、仕事ついでに「所沢ビエンナーレ」を見た。
駅のすぐ前でアクセスがよく大空間で、ここに恒常的に美術館があったらよいだろうなと思える場所だ。
木や金属を素材としたもの派的な作品は、空間になじみすぎて迫力に欠けて見えた。天井の鉄の梁などの存在感が強烈なためだろう。
写真はドコデモドアのように、違う空間への入り口のようなセッティングで成功している。
個人的には、木村幸恵の幽霊の展示が最も良かった。

今度の土曜日から開かれる「横浜トリエンナーレ2008」と比べると、財力、地域性など困難も多いのではないかと思われますが、こういうイベントが地元埼玉で開かれるということは画期的なので、今後の展開に期待したいと思います。






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瑛九  あかつき  油彩・キャンバス  1959年 53×45.5cm (10号) 
瑛九画集 山田光春編 図版掲載
この作品は、今まで各美術館で開催された瑛九展に貸し出されたことがなく、今回初公開といえるものです。



この作品を毎日眺めている。

近くで見てまず気付くのが絵具がうす塗りであることと、絵具と絵具の間にごくわずか塗り残しがあって、キャンバス地が見えていることである。

しかし離れてみると(およそ2m以上)、点が塊りになってうずまく色彩の乱舞だ。離れるほどに色彩が鮮やかになってゆく。

一般的に油彩は、地塗りをして何層も絵の具を重ねマチエールといわれる肌合いを重視している。たとえモノトーンのフラットな画面であっても、作者はマチエールへの関心がある。

瑛九の油彩が変化するのは1957年ごろからだ。
それは単に点描になってゆくということだけではなく、マチエールから作られる光と思っていたものが、光そのものに関心が移っていったのではないか、と思える節がある。

画面は光を混ぜ合わせるパレット、あるいは無色の光を振り分けるプリズムとでもいうように、反射した光が前面の空中で混ざり合い、輝きを増して目に飛び込んでくる。

そう見えるために地色の白が重要なのだろう。

フォトデッサンは光を扱っている。光で作り、光で見る。
印画紙に光を当てると真っ黒になってしまう。イメージを重ねるためには、過程においていかに白地を残してゆくかということが重要に思える。

長年のフォトデッサンの制作で光を扱う上での何か重要なことに気づいた瑛九は、光を扱うためにもはや形は不要で、必然的に点描になっていったといえないだろうか。
瑛九は光を描いているのだ。












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by kg142 | 2008-09-10 17:03 | アート