11月7日
国立競技場にある大沢昌助先生の壁画2点、完全保存されるか未定とのことです。
孫の大沢昌史さんが撮影した壁画の映像です。
https://www.youtube.com/watch?v=-MDZak7YRvs
大沢昌助の壁画は、他に東京都庁、世田谷区役所などにあります。
なぜ塙太久馬なのかと聞かれる方がありますが、当方が明るい絵を多く取り扱っているので当然の疑問とも思えますが、有名無名だけが基準ではありませんし、答えはありません。
塙先生本人は「なぜ蝉なのか」と数限りなく聞かれたことでしょうが、本人も答えはなかったのだろうと推測します。
当初外国風景を主に取り扱っていましたが、最初受け入れにくかった蝉殻シリーズをやがて扱うようになりました。今回展示してみても感じることですが、蝉の中にいると不思議と心地よい静かな気持ちになります。
塙太久馬の木版画は、黒を基調とした力強い画面構成に特徴があります。水性絵具で黒を出すためには何度も摺り重ねることが必要で、大変な労力を要する版画ということができます。これは師の城所祥の技法を継承したものです。
描く、彫る、摺る という過程を経て摺り枚数はどれもせいぜい1~2部、ほとんど売れることもなかったのです。(ed.20となっていますが・・)
これはまさに画家の行う千日回峰とでもいうべきものではないかと、今日Tさんとのお話で思い至りました。
荒行が終わって、多くの共感が生まれているように思えます。
一周忌 塙 太久馬展
2014 11月11日(火)-21日(金)
12:00-19:00 会期中17(月)のみ休み
■略歴■1947年東京・八王子に生まれる。1970年木版画を城所祥に師事。1972年武蔵野美術大学卒業。1973年一線美術会新人賞。渡仏(二年間在仏)サロン・ドートンヌ入選(買い上げ)1974年ソジエテ・デ・アーティストフランセ入選。1975年サロン・ナショナル・デ・ボザール入選。帰国。一線美術会奨励賞。日本版画協会出品、以後毎年出品。1976年小田急百貨店にて個展。以後1985年まで毎年開催。1977年一線美術会都議会議長賞。1978年版画集「巴里」出版。セントラルギャラリー(大阪)にて個展(以後10回開催) 1979年フランス取材旅行。ミニチュア版画展特別賞。1980年塙太久馬木版画全貌展(銀座) 版画集「ノルマンディーの港町」出版。1981年フランス取材旅行。1982年アメリカ・メキシコ取材旅行。1984年日本版画協会佳作賞。1985年モロッコ・スペイン・ポルトガル取材旅行。1986年ドレスデン造形美術大学交換展(ドイツ)。1992年日本現代版画展(メキシコ)。1993年「宮沢賢治詩画集」出版(共著)。川越画廊にて個展。NHK「おしゃれ工房」に出演。1994年小田急百貨店にて個展。1996年リトアニア版画展。1997年川越画廊にて個展。1998年オランダハーグ王位アカデミー版画交流展。NHK「おしゃれ工房」に出演。ギャラリー山下にて個展。2000年高知市の博物館買い上げ、収蔵。2001年ギャラリー山下にて個展。2003年・2009年川越画廊にて個展。2013年11月6日没。
城所 祥(きどころ しょう 1934〜1988)
1934(昭和9)年八王子市八日町の家具商「加島屋」に生まれる。
早くから美術に興味を持ち、中学時代に木版画を制作しはじめる。都立立川高校、早稲田大学商学部を卒業、1959(昭和34)年に養清堂画廊で初の個展を開き、1961(昭和36)年に「日本版画協会」会員となる。
板目木版を数多く制作し、この頃は抽象的な作品に多く取り組む。また、日本だけでなく数々の国際版画展にも出品し活動の場を広げる。
1970年代後半の作品はりんご・静物などを題材に具象へと移る。
1971(昭和46)年喜福寺(八王子市中野山王)の襖絵を木版画で制作、また雑誌『アルプ』に挿絵を掲載する。
1977(昭和52)年に木口木版画グループ「鑿の会」結成、翌年にかけて文化庁在外研修員として一年間パリ、スイスに滞在、1979(昭和54)年には渡米し、シカゴで個展を開く。
1986(昭和61)年には日動画廊で「木口木版画5人展」を開く。
1988(昭和63)年7月22日逝去、享年53歳であった。生前は武蔵野美術大学、金沢美術工芸大学でも教鞭をとり、また大英博物館、パリ国立図書館、東京国立近代美術館、青梅市立美術館、町田市立国際版画美術館、福岡市立美術館などに作品が収蔵されている。
2003(平成15)年、八王子市夢美術館開館にあたり作品の大部分が寄贈され、2008(平成20)年2月には初の大規模回顧展となる「城所 祥展〜静影の版画家〜」(八王子市夢美術館)が開催された。
八王子市夢美術館HPより
by kg142
| 2014-11-07 18:25
| アート