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3月17日 寺田政明 池袋モンパルナス

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寺田政明 海近き漁村 油彩 20P 1972


1979年板橋区立美術館がオープンした年に、寺田政明回顧展が開かれています。
この作品は同カタログにNo,80として掲載されています。

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左端:寺田政明、左から二人目:小熊秀雄 (1930年代 池袋モンパルナスにて)




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小熊秀雄  (仮題)ジャイアント  水彩・裏彩色 1938頃


 (1938年6月に)
《古谷に連れられて、電燈線が料金未払のため切断されて、夜はローソクのもとで詩を書いているというこのダダイストのアパートの一室を訪れた。
彼は家具らしいものは机一つの部屋で、ゆったりとして、皮肉交じりのユーモアをたたえてぼくたちを迎え、彼のデッサンを見せてくれた。小さなスケッチ・ブックにペンで裸婦や風物をかいたもので、むき出しの感じが出ていた。不透明水彩画がぬってあるのは10円、単色は2円だという。
20円ほど支払うと、彼はフランスの画家はみなこうするのだと言いながら、売れたデッサンにペンでローマ字の署名をして、いくぶん満足そうな表情でそれらをぼくに手渡した。・・》 (版画収集の魅力)久保貞次郎著 より

この文章からすると、この時購入したカラーの作品は1点のみで、これ以降に購入がないとすれば、上記の作品がその時のものということになる。

ちなみに、久保貞次郎がその前年に、瑛九から購入したフォトデッサン集「眠りの理由」は1セット10円であった。(久保が3セット購入)
















by kg142 | 2018-03-17 17:43 | アート

5月1日





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パンジーあるいはお猿の顔 (実野理ガーデンの入り口にありました)







今日の逸品
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小熊秀雄  小さなジャイアント 水彩 1938年  23×13cm



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左:寺田政明 左から二人目:小熊秀雄 1935年頃
池袋モンパルナスの名付け親:小熊秀雄
1901年(明治34年)9月9日、北海道小樽市稲穂町に生まれる。幼少期を稚内市・秋田・樺太で過ごし、泊居高等小学校を卒業。養鶏場の番人など様々な雑務作業に従事した後、1922年より旭川新聞社で新聞記者となる。この頃から詩作を始め、1928年、27歳で上京後は雑誌社や業界新聞で働きながら、雑誌『民謡詩人』などに作品を発表。1935年に「小熊秀雄詩集」長編叙事詩集『飛ぶ橇』で詩人としての地位を確立、自由や理想を奔放に歌い上げる作風で、詩壇に新風を吹き込んだ。詩作にとどまらず、童話・評論・絵画など幅広い分野で活躍した。
小熊の最初の詩集「小熊秀雄詩集」の装幀をおこなった寺田政明ら池袋モンパルナスの画家たちと交流し、みずからも絵筆を執った。なお「池袋モンパルナスに夜が来た」という文で始まる詩を発表。「池袋モンパルナス」の名づけ親も小熊といわれている。
また晩年は、漫画出版社・中村書店の編集顧問となる。旭太郎名義で原作を担当した漫画『火星探検』(1940年)はSF漫画の先駆的傑作とされ[1][2]、手塚治虫、小松左京、筒井康隆、松本零士らに大きな影響を与えた[1][2]。
1940年(昭和15年)11月20日、東京市豊島区千早町30番地(現在の東京都豊島区千早)東荘で、肺結核により死去した。満39歳没。(ウィキペデイアより)

前回は中途半端に終わったので、再び「小熊秀雄と池袋モンパルナス展」を開催すべく準備中。










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by kg142 | 2014-05-01 15:13 | アート